《※現代パラレル大学生》
一説によれば。ずっと髪を後ろになでつけていると毛根がこの部分はいらないのだと勝手に認識して、だんだん後退してくるらしい。
「つまり、将来的にハゲる」
喫煙所で会った初対面の赤毛の男は、きれいな顔をしてとんでもないことを口走る奴だった。煙草を一本もらった相手に暇つぶしの雑談として投げかけるには、少々毒が効きすぎているように思う。それを俺に言うかよ。成る程、こういう時に使うのか。赤毛曰くハゲ予備軍に入るであろう友人の口癖を頭の中でなぞる。そんなタイミングでお前のダチにもいるだろ、と薄ら笑いを浮かべた赤毛が続けたもんだから久々にむせかけた。人気のない喫煙所では小さな音もよく響く。ガラス張りの個室のなかでは白い煙がもくもく渦巻いていて、外から眺めれば靄がかって見えるのだろう。煙を軽く吐いてから追い討ちをかける一言。あの銀髪でオールバックの奴。靄の濃度がさらに増す。
「なんで知ってるん…すか」
「角都の補講の常連だろ」
なんとなく、同学年ではないような気がして中途半端な口調で問えば、あっさりとよく知る教授の名前を出された。とすればひょっとして。聞けば、案の定造形科だという。造形科。角都。常ならば結びつかない二つの単語が結びつく。いつぞや飛段と二人して角都の研究室へ忍び込んだ時に見たあの人形の存在。噂の造形科の奇人、が人ひとり分空いた隣で煙を吐く合間になんとかという店のいかにも甘そうな飲み物を啜っている。それはなんなのかと聞けば、糖分はいくら摂ってもすぐ使い切るから問題ないんだと少々的外れな答えが返ってきた。特別興味があるわけではなかったのでまあいい。どちらの煙草ももう短くなっている。視線を足下から伸びる備え付けの灰皿に落とした瞬間、ガラス張りの引き戸が割れんばかりの音でもって勢いよく開かれた。
「シカちゃんシカちゃん、オレプラナリアになりてェ」
反射的に目をやるよりも先に自分に向けられた高揚しきった声。灰皿に押し付けかけていたところを思いとどまり、短い煙草を一服して吐き出す。ため息じみたそれで更に靄がかる空間。喫煙所まで乗り込んできて言うに事欠いてプラナリア。どこで聞いてきたその話。普段散々煙たいだの不健康だのうるさいくせに、真っ白な空気もお構いなしで勢いは収まるところを知らない。
「しってる?プラナリア。切られてもバラバラにされても、そっから増えて元通りに復活すんだって!不死身!すげーよな!」
「…増えられても面倒みきれねーからな」
「大丈夫大丈夫!始末は自分でつけるし!だってさ、自分ならいくら殺ったって問題なくね?まさに究極のエコ!ってやつゥ?」
「お前それ外で言うなよ…」
「いくら単細胞バカでも理論上人間がプラナリアみたいに再生すんのは無理な話だぜ」
「だよなァ~…なら分身の術ー、とかのが現実味ある?でもアレってやられたら消えるんだよな~切った感触とかショボそ」
「まずお前忍者じゃねーし」
「だったとしてもろくに術も使えそうにないな。バカだし」
「あ、そうかも。んじゃやっぱり別の…じゃねェ!黙って聞いてりゃさっきから人のことバカバカうるせーよおま…って、だれ?」
ころりと音が鳴りそうな頭を傾けて、ようやく一息。説明するのも面倒で赤毛の出方をうかがう。そういえば自分だって漠然とした噂だけで名前までは知らない。じっ、とふたつの視線を受けた相手はゆっくり吸った煙を宙に巻き上げて、口元に弧を描いた。
「じゃあな、デコンビ」
それだけ言うと手に持っていたなんとかという店のいかにも甘そうな飲み物の残りを啜りながら短い煙草を灰皿に放り込み、少しの煙を連れて出て行った。言い得て妙だがなんとなく不名誉な括りに脱力すれば、目の前の片割れは特に気にした風もない。自分よりはるかに傷んでいそうな銀色の生え際に目をやっている間に、やわらかそうな赤毛はもう見えなくなっていた。
「なあ飛段」
「なに」
「ずっと髪上げてると将来ハゲるらしいぜ」
「うっそマジで?」
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この設定の、サソリさんとシカマルが喫煙所でおしゃべりするだけの話 おれとくのきわみ
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