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今日はさざなみ(鳶泥)

《※現代風味》


くるくる回る羽の先で飾り羽のようにそよぐ金色を見ている。夏しか使わないというのに、夏にはすこし重たいカラーリングの機体。首振り機能なんて元からなかった。そうだとしてもなんら不思議じゃないくらい、うちの唯一の冷房器具は従順に一点だけを向き続けている。適当にひとまとめにしてわっかに結われた長い髪はこの時季の太陽の下ではなおのこと映えるのだけれど、当人からすればそれどころじゃないのはご覧の通り。髪だけをとってみれば幾分か涼しげな自分が何を言ったって、そんなに言うならいっぺんのばしてみろと返されておしまい。ボク髪質硬いし癖あるんで先輩みたいにきれいにのびませんよ、なんてはぐらかしてみせたら青い目をほんのすこしの間上へとやって似合わねえな、と頷いた。自分でもそう思う。一瞬頭をよぎったヤマアラシのような長髪を携えた身内の姿はすぐにかき消す。
残暑、にしては残りすぎの気温達に決まった三文字を時折呪詛のようにつぶやく姿を見ていると、エアコンのひとつもないのが少々申し訳なくなるのだけれども、自分はわりとこれでしのげてしまうものだから。あとは、避暑地扱いというわけじゃないのがうれしいってだけの話。近くのモーター音と遠くのセミの声。単調なそれにすこし離れたところから割って入る。たまには青だってみたい。


「先輩夏らしいことしました?」
「人並みには」
「花火とか」
「やった」
「かき氷」
「食ったな」
「お祭り…」
「これ射的でとったやつ」


いつの間にか夏の風物詩のかたまりになっていたその人に、マンションの頭からかろうじて見える打ち上げ花火のような気持ちをもてあまして。ダメ元でぼそりと吐き出したうみ、の二文字。それには明るい答えが返ってきた。


「今なんかもうくらげだらけでしょうね」
「泳ぐわけでもないんだから問題ねえだろ」
「それだけ夏満喫しといてなんで海には行かなかったんすか?」
「別に。タイミングが合わなかっただけの話だよ」


遠いとも近いとも言えない時間を電車にゆられながら、そんなことを話した。夏の盛りも過ぎた平日の昼下がり。残暑の海には人よりも打ち上げられたくらげの姿が目立つ。べしゃり、としめった感触に振り返れば先輩はいつの間にか裸足。両手にはすくい上げるようにしてこんもりと盛られた透明なくらげ。たった今頭に感じた違和感の正体はこれだった。目先数メートルで弧を描く口元に異を唱える暇も与えてもらえず、飛び交う透明な傘、傘、傘。最後の一匹が握った手からこぼれるように落ちた。じっと右手を確認。海水をばしゃばしゃ。これはどうやら、


「…薬局探しましょっか」


いつになく素直に頷く姿がすこし笑えた。

海岸から程近い町の薬局で事情を話せばこの時期多いんですよねそういう人、と笑いながら店員が塗り薬を探してくれる。それを受けて先輩みたいなおバカさんがそんなに、と大げさに世間話を繰り広げてみせれば刺された方の手で殴られた。揶揄したつもりなんだから事実にしないよう、すこしは気をつけてほしい。なんて人の気も知らないで先々向かっていった自動ドアの外には入った時にはいなかったセミが転がっていて、横を通り過ぎようとした瞬間お約束のように暴れまわって飛び立っていった。跳ねた肩がセミ爆弾め、とつぶやいていたのを聞きのがしてはいない。
海岸までの道。枯れかけの向日葵。暑い中でもしゃんと上を向いていたはずの頭はずいぶん重たげで元気がない。ぬるい風が隙間を通っていく。


「夏の終わりってなんでこう、なにもかも」
「いつだってそうですよ。目につかないだけで」


手を冷やすために売店で買ったチューブアイスをふたつに割って手渡す。よく見るコーヒー味ではなく夏季限定のソーダ味。これもそろそろ姿を消す頃かもしれない。夏の命はみじかい。


「あのくらげみたいなのはやだな」


無様だろ、と続ける先輩は早速アイスの口を切っている。手を冷やすためだって言ったのに。脈絡のない話はおそらく、今自分が考えていたのと同じような内容。


「それ投げてたの誰ですか」
「奴ら案外根性あったな、うん」
「あんまり毒性強くない種類だからよかったものの…刺されたら死んじゃうようなのもいるんですよ」
「夏で死ぬなら花火がいい」
「…打ち上げ花火?」
「どうせなら空に打ち上がって跡形もなく爆発するみたいにさ」
「花火になりたい、みたいな話になってますけど」
「くらげよりはいいだろ」
「同じ打ち上げられるのでも空と岸とじゃ大違いですもんね」


たまに、この人の話は思いもよらぬ方向へと飛んでいく。石段の上に座って見た空は、そんな花火があがるにはまだ早い夕焼け空。手のなかのアイスが溶けだして汗をかいている。口はまだ切っていない。


「なんかお前みたいだな」


視線は空に向けたまま、空になったアイスの容器を弄びながら言うのはたぶん夕日のこと。同じ色の面に吸い込まれるように濃くうつる橙。


「なに言ってんすか先輩ったら柄にもなく!」
「いや、うっとうしいぐらいに橙色だなと思って」
「それほめてます?」
「どちらかといえば」
「…でもまあ、そんないいもんじゃないですよ。オレは」
「いいかわるいかは知らねえさ」


日中あれだけ照りつけていたのが嘘のようにゆっくり静かに沈みゆく夕方の日。それに向いたままの横顔。同じ橙ならこっちをみてほしくて。広がる青よりそれがみたくて。ほとんど無意識にのばした手がつかんだのは服の裾。まるで幼子のような所業に我に返ってすぐにそれを放すと、わしゃわしゃと犬にするように片手で短い髪をなでられた。時すでに遅し。されるがまま頭を落とす。


「せんぱい」
「んー」
「花火して帰りません?」
「線香花火とかしめっぽいのはなしな」
「ロケット花火飛ばすくらいのことしちゃいましょ」
「あとでちゃんと回収しろよ」


立ち上がって砂をはらって伸びをして、夕日の下でそよぐ金色に、どちらにせよきれいなものはきれいだなんてことを思って、同じようにして歩き出す。海岸までの道。さっき見たスーパーあたりになら、花火がおいてあるかもしれない。





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くらげを投げる先輩が書きたくて
うちのふたりはなにかしらの盛りよりも終わりにいることがおおいな~と気づいた今年の夏
すぎゆく日々をたいせつに

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