宿を一歩出るとたちこめる香りに足がもつれた。金木犀の匂いってなんだか酔いそうになりますよね、小さな花と同じ色をした面の下でトビが言う。着いた時分は暗くてわからなかったが、あちらこちらの垣根には満開の金木犀。小さな町が秋にくるまれている。きらいかい、そうでもないですけど、オイラも。ふわりふわりとゆれるデイダラの髪はきっとこの香りを吸い込んでしまうから、ふたりともがそうでないのは幸いだろう。なんとなしに垣根に沿って歩いていると、角を曲がった先の空き地に栗の木が立っているのが目に入る。まだ毬は青いが、近所の子どもが集まって棒でつついて落とそうと躍起になっている。遠目にも大きな木だ。子どもの背じゃ棒もかするだけ、登って揺すろうとした力自慢らしい少年は幹半ばでずり落ちていった。
そこに、白い小鳥が一羽。広がる枝の中心にとまって、ぼんっとはじける。衝撃で毬が落ちる、頭にも落ちる。あ、やべ。少し離れたところでデイダラがちいさくつぶやいたが、お宝を前に子どもはそれぐらいではめげない。地面に降り落ちた大量のいがぐりに歓声と共に群がってはあっという間に散っていった。
「善意なのかそうじゃないのか微妙でしたね」
「うっせ」
すっかり人気のなくなったそこに近づけば空になった毬ばかりがころころと転んでいて、ちゃっかりしてる、と屈んだトビが指先でそれをつつく。その背後、みたことのない笑顔で毬を両手ににじりよってくる影があることには気づかずに。ちょっ、せんぱいそれ、いたっいたたたた!どうやって投げているのやら、そこそこの速さで飛んでくる毬に防戦一方。黒い外套にひっかかって落ちないそれは地味に痛い。弾の切れ間を見計らって、もう!と怒ってみせようとすれば最後のひとつのなかに起爆粘土がみっちりとつまっているのがみえ、絶句した。
本日二回目。町中ゆえにいつものような破壊力はなく、さっき栗の木を揺すった程度の云うなれば癇癪玉のようなものだが対後輩用に少しばかり威力は強めてあったようだ。
煙にまみれてぎゃあぎゃあとやっていると、おとなしそうな少女がかけよってきてデイダラの前で立ち止まった。もじもじとした上目づかいの視線が青い目に向けてそそがれ、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。さっきの、くり、おにいちゃんだよね、みてたよ。差し出された両手の中身をデイダラが片手で受け取ると、少女はあっという間に走り去ってしまった。
「ひゅ~先輩ったら罪な男~」
「茶化すなっての。お前の分もあるみたいだぜ、ほら」
手のひらを覗き込めばそこには丸々とした栗の実がよっつ。いいこですね。だな。純粋な善意に揃って軽く息をつく。
「威力調節したら焼き栗できっかな」
「芸術家から料理人に転向ですか」
「うまくできてもお前にはやんねえ」
「あっうそです先輩ならきっと栗だって芸術的においしく爆ぜさせられます」
「町抜けたらまずお前を芸術的に爆ぜさせてやるよ」
「えっなんでっすかボク今日まだ大したことやって」
「昨日の晩」
「…合意でしょ?」
「寝違えたのはお前のせい」
ずっと朝まで人の腕つかんで放さなかったからなあ、どっかのだれかが。肩を回しながら言うデイダラに形の定まらない声を宙に泳がせたトビは、先程の少女よろしく上目づかいでその横顔を見やる。
「さっきの爆破で勘弁」
「しない」
「じゃあ栗と一緒にひと思いに…」
「栗が消し炭になんだろ」
「どんな威力で爆破する気ですかボクのこと!?」
言葉面とは裏腹に、デイダラは笑っている。みたことのない、がどこかへ消えていく。町を遠ざかってもなおふわりと香る金木犀にくらくら酔ってしまいそうで、トビは左右に頭を振った。
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いがぐりを投げる先輩が書きたくて(デジャブ)
先輩まぜごはんきらいってことはくりごはんもきらいなのかしら
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