デイダラはたった今写輪眼と対峙している。
しかしそれはあのイタチのものでも、その弟であるうちはサスケのものでもない。そもそも写輪眼対策なら日頃から行ってきている筈なのだから、恐れるに足らずといったところであるのにデイダラはその場から動けずにいる。
おどろきました?
そう言う声は聞き慣れたものとは少し違うが、その手にある見知った面が事実を物語っている。それだけならばこいつがトビをやったのだと思うこともできた筈なのに何故だかデイダラには妙な確信があった。
「(こいつは、トビだ)」
どういうつもりかはわからないが自分からペラペラと、曰く『本当のこと』を話す。いつもの口八丁に騙されているわけじゃない。今のトビの話には妙な説得力がある。
一方的な話にもひとしきり片が付いたようで普段の何倍にあたるであろうか、随分長い距離感を保っていた間合いを詰めようとトビが歩み寄る。反してデイダラは後退する。ジャリ、と土の擦れる音と鼓動が厭に響いた。
何もせず敵前逃亡などらしくないが、そもそも敵と言えるのかどうなのか。ともかく目の前の”トビ”に迂闊に近づくのが得策ではないことぐらいは分かる。デイダラも馬鹿ではないのだ。
地面を踏みしめ身を翻した先には既に相手の姿があった。瞬身の術だ。口元は笑っているが目が全く色を窺わせない。それを認識してしまったということは、即ち。
「(まずい、)」
反射的にぎゅっと閉じた筈の目は次に気づいた時には見開かれていた。
耳に飛び込んだのはスズメのさえずり。さっきまで踏みしめていた地面は土じゃない。畳だ。
「あ、おはようございます」
聞こえた声にデイダラは思わず身じろいだ。振り向いてみるといつもの渦を巻いた橙色の面がいる。外見は見知ったトビのものだ。中身はどうか知れないが。
「…おう」
少し警戒しながら短く返すと今度はトビが訝しげな様子で尋ねる。
「どうかしました?」
小首を傾げたその面の下の頬を突如伸びてきたデイダラの手が、思いっきり引っ張った。
「いっ、いひゃい痛い!先輩いたいですってば!」
その反応を見てとりあえず今のこの状況は夢じゃない(ついでに言うと幻術の中でもない)と判断したのか、デイダラは無表情でつねりあげたその手を離した。
ボク何かしましたっけ、頬をさすりながら尋ねるトビに物凄く妙な夢を見たとげんなりした様子でデイダラは続ける。目を擦っているのは眠い所為か、目の前のぐるぐる面をやはりまだ疑いの眼差しで見ているからか。
夢の内容は要約するとこうだ。
「お前がうちはの人間で実はすげーオッサンで暁の黒幕だっつうんだよ」
簡潔にさらりと伝えるとトビの背中が跳ね上がった。
「(全部当たってます…!)」
「まあこれが本当なら…お前は確実にオイラが爆発させてるな。うん」
「いつになく目がマジでこわいです、先輩」
珍しく本気で動揺した様子のトビを後目に大きく伸びをしたデイダラはさっさと旅支度を始めてしまった。何も追及してこないところが逆に恐ろしい。
「(もしや、本当にデイダラは全部知っているのでは)」
一連の会話を遡り思考を巡らす。そう長くはかからず結論は出された。
「…いや、それは無い、な」
デイダラの性格上それは無駄な推測だったようだ。トビは先輩をよく知る後輩でもあるのだ。
こういう場合は都合のよい言葉に結論を落とし込んでしまうに限る。
「うちの先輩には予知夢の才能もあるらしいよ全く…」
先に宿を出たデイダラの急かす声を耳にしてため息混じりで一人ごちた後、いつもの調子でトビは駆けだした。
「はいは~い今行きまぁす!」
夢が正夢になるのは恐らくあと少し、否。もう暫く、先の話。
「だって、」
まだまだ先輩と一緒にいたいですもん。
続く筈のトビの言葉はデイダラの怒声によってかき消された。
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