始まりはいつもの他愛もない会話から。
「先輩のお願いならなんでもきいちゃいますよぉ」
「じゃあ、それ。取ってみろよ」
じっと見つめられたかと思うとびしっと指をさしそういい放つ先輩。そんなに見つめられると照れちゃいますよ、なんて言っても全く動じてくれないこの人はどうやら今日こそは面をひっぺがしてやろうと目論んでいるご様子。
「前も言ったじゃないですか…取ると大変なことになるって」
「そんなん覚えてねぇよ、うん」
至ってマジメな顔で言う先輩にため息ひとつ。今日は妙に押しがつよいですね。そういうのキライじゃないですけど譲っちゃいけない部分ってあるでしょう。誰にだって、ボクにだって。
「だから、これだけは先輩の頼みでも…」
まだ全部言い終わらない内にすっとのびてきた先輩の手があっという間に面にかかって。無理矢理だなんてひどい!物事には順序ってものがあるんですよ、なんて軽口を叩ける余裕もなく面は定位置から動かされる。あまりの手際のよさにちょっと本気で身の危険を感じつつとりあえず先輩の手を掴んで第一に面の安全を確保して、でも既に口元は露わにされちゃってたもんだからついでにちゅーしときました。そして後付けでこう一言。
「ほら。こういうことになりますよ」
ぽかんと呆けた先輩は、一寸おいてボクをぶん殴りました。それは想定の範囲内。どさくさにまぎれて面も直してはいおしまい。物事をうやむやにするのは割と得意ですから。この時はこれで問題ないと思ったんです。もうこれで先輩も懲りたろうと。しかし事件っていうのは忘れた頃に再びやってくるもんなんです。
「トビ」
それはまたいつかのなんでもない日。唐突に呼びかけられて振り返ったら素早く面を横にずらされて、いつぞやの仕返しをされました。何って、文字通りし返されたんです。つまりちゅーされました。先輩に。
「行くぞ」
いくらやられっぱなしは性に合わない、なんて言ってもねえ先輩。そんなことされたら好きになっちゃいますよ。いいんですか。
何事もなかったように前を歩く先輩を見て、ずれた面を直しながらこう思うのでした。
(先輩ってば、かっこいい)
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