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しいて言うなら秋の所為(鳶泥)

知らない場所の匂いがする。見上げた空は見知ったものとそう変わりはないし、踏みしめる地面も変わらず硬い。木の揺れる音や人の息づかいも感じられる。知っているものばかりなのにどうしたってここは知らない場所で、自分の知る由もない生活がある。

「なーんか、愛しくなりません?」
「はあ?」
「ボクらがちょちょいっと手を加えたらあっという間に壊れちゃうのに」
「何がだよ」
「ここいら一帯のことですよ」
「今回の任務は破壊が目的じゃねぇだろ」
「そうなんですけどね。来ようと思えば来れるけど、きっともう来ないじゃないですか。こんな所。なのにここにもこんなに人がいて、それぞれが日々を送ってるんだろうなあ、なんて思うとね」
「なんだよお前。今日おかしいぞ、うん」
「そうですねぇ。しいて言うなら秋のせいです」
「なんだそりゃ。秋と言やあ芸術の秋だろ、うん」

自分はこれを季節の所為にしたけれど、同じ季節の中あなたはいつもと変わらぬことを言う。それにほんの少しだけ安心してしまったのは何故なのだろうか。芸術の、だなんて。アンタは年がら年中そうでしょう。それを大義名分にしたいだけで。ああ、そうか。先輩、ボクはきっと寂しいんです。

「ボク先輩のそういうとこ好きですよ」
「何言ってんだお前。ついにおかしくなったかよ」
「そうかもしれませんね」

渇いた風に押されてほんの少し重力に抗うのを止めてみる。殴られるかと思いきや意外にもそのまま半身は受け止められ、無言で子どもにするみたいに背中を二、三回叩かれた。むやみやたらに温かい掌をもった自分よりうんと年下の先輩にあやされている己の様が滑稽で、少しだけ笑えた。

「ねぇ先輩」
「なんだよ」
「このまま二人でどこか行っちゃいましょうか」
「さっき見た茶屋くらいなら行ってやってもいいぜ」
「芸術の次は食欲の秋ですか」
「バーカ。テメェに合わせてやってんだよ、うん」

こんな生ぬるい心地よさに浸って、このまま冬も越せたらなあ。なんて。知らない場所で知ってしまったそれにまた少し笑って、もう一度吸い込んだ渇いた空気はなんてことはないよく知る秋の匂いだった。

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