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一汁一菜じゃ足りない(泥・蠍)

向き合って座る座卓の上では一人分の定食が湯気をたてている。行儀よく手を合わせてから目の前のそれを口に運ぶ少年の、膳を挟んで向かい側では赤毛の青年が頬杖をついている。青年と言っても、年の頃はせわしなく咀嚼を繰り返す少年とさほど変わりはないように見える。にもかかわらずその前には膳はおろか、茶の一杯すら置かれていない。

「お前本当によく食うな」
「育ち盛りだからな、うん」

口にもの入れながら喋んじゃねえ、と窘められた少年は急いで湯呑みを片手にこう切り出す。

「旦那はさ、なんか食べたいとか、思わねぇの」

そう問いかけられた青年は、少し視線を赤毛に泳がせた。その瞳はガラス玉のように透き通っていて繊細に見える。
回答を待つ間も少年は膳に箸を運ぶ。摘んだ黄色い出汁巻きがその髪によく似ている。

「もしこれから一生飯が食えねえのと、一生ものが作れねえのとだったらお前、どっちとる」

一寸、少年の箸が止まった。

「でも飯食わなきゃ死んじまうだろ。生きてなきゃ何も作れねえよ、うん」
「そうだな。それでオレは前者を選んだってわけだ」

ふっと笑んだその表情はまるでつくりもののように綺麗で、でもどことなく人間くさかった。

「だからガキは気にせずいっぱい食っときゃいいんだよ」

あと箸で人を指すな、付け加えられた言葉を受けて少年は真向かいに突き出していた箸を再び膳の上の椀に運ぶ。残り僅かだったそれをかき込むとおかわり、の声で勢いよく店員を呼んだ。

「旦那の奢りで!」
「調子のんなコラ」
「だって旦那に追いつくためには食うもん食って力つけてその分沢山芸術を磨くしかねぇだろ、うん!」
「ほう、口だけは一人前だなガキのくせに」
「ガキっていうな!今に見てな、芸術はもちろん旦那の身長だってすぐに追い抜いてやるぜ」
「まずは同じ土俵に上がるとこからだな」

そう言って頬杖のままニヤリと笑う青年はやはりどうにも人間くさく、ぎゃいぎゃいと反論する少年がそれを際立たせているようだった。
新しい膳が運ばれてくるまでもう少し。




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ちょっと昔の泥と蠍の話 親子のような兄弟のようなライバルのようなそんな二人が好き

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