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花明かりはんぶんこ(鳶泥)

《※現代風味》



あっ、といきなり叫ぶものだから何事かと思えば近くに桜並木があったことを思い出したらしい。辺り近所に住む本人が忘れているぐらいだ。当然そんなもの知る由もないデイダラが自分の最寄りでも大分散っていると告げるもあそこならひょっとしてまだ、とやけに固執するものだから二人して確認がてら歩いて出てみることにした。まだ見頃である方にトビ、もう散り始めている方にデイダラ。賭けているのは缶ジュース一本。時刻は午後8時をまわったところ。いくら日も長くなってきたとはいえ、もう辺りはすっかり暗いし日が落ちれば冷えもする。これが俗に言う花冷えならば桜にも期待がもてようものだが。二駅の違いでそこまで差はでないだろう。結果はわかったようなものなのに付き合ってやるのは、目指すところが桜並木であるから。


「いつの間にかこんな葉桜になっちゃってたんですね」


缶ジュースはトビのおごりに決定。どこかのマンションの塀沿いにつくられた桜並木は、満開の頃にくらべればずいぶんとボリュームを失っているのだろう。街灯に照らされる枝振りは五分葉桜と言ったところだ。お花見行きそびれちゃった、としょぼくれるトビに追い討ちをかけるのはオイラは行ったけど、のつぶやき。え、の一文字で反応してはたと足を止めた。


「一番盛りを見逃すなんてもったいねえことしたな」


いつ、誰と、なんてことを聞く気はさらさらないがわざと大きなため息なんか吐いてみせたりしてさらにしょぼくれた雰囲気を助長するトビを、面白そうにデイダラが笑っている。


「しあわせ逃げました」
「逃げたらまた吸い込みゃいいだろ、息してんだから」
「お面が鉄壁のガード誇ってますし」
「そんなんつけてっから桜の見頃にも気づかねえんだよ、うん」
「わ、ちょっとせんぱ、うそです大丈夫ですってちゃんと見えて…あいたっ!」
「冗談だよ」


面をひっぱっていた手は急に放され、自由になった反動でべちんと音を立ててかえってきた。鼻の頭が痛い。意味もないのに面の上をさすりながら尋ねてみる。


「…先輩春お好きですか」
「おう」
「(普段こんないたずらするような人じゃないもんなあ)」


ましてや外で。一見すると縦横無尽に傍若無人に振る舞っているようなデイダラも、踏み込まない領域は弁えているし、のめり込んでいない時は案外冷静だ。アルコールも入っていないのに妙に明るい語調だとかは、きっと桜の高揚感や季節柄によるもの。加えて彼は芸術家気質なのだ。


「葉桜なんて言って残念がりますけど、よくよく考えたらずいぶん勝手な話ですよねえ」


歩道に伸びた枝に軽く触れながらトビが言う。


「満開の時はあれだけ桜にかこつけてどんちゃん騒ぎしたがるのに、葉っぱが目立ってきたら途端に見向きもしなくなるんだから」


夜風にゆれる枝は確かに緑が目立つ。また今年も変わらず繰り返される成長のサイクルを素直によろこべないのはこの植物に抱く特有の感傷のせい。人の多くは新緑の頃になればこれが桜であったことなど忘れてしまうか、次にくる春の一時に思いを馳せそれまではその他大勢の木々の一部としてしまうのだろう。どちらにせよ桜にとってはありがたい話ではない。桜の真意など知れないが。


「まあやっぱりボクも残念なものは残念って思っちゃう方なんですけど」
「お前もオイラも人の子ってこった」
「あら、先輩も桜が散っちゃうの惜しいだなんて思うんですか?」
「むしろオイラは散り様の方が好きだけどな、うん。満開の桜をひと思いに風がさらってく瞬間なんかが見れりゃあ、それこそ一番の見頃ってやつだぜ」
「わー…桜にやさしくないッスね、それ」
「誰も無理やりふき飛ばすだなんて言ってねえだろ、できもしないし。あくまでも自然現象でそうなればの話だ、うん」
「先輩ならできちゃいそうですけどね、なんかこうぶわーっと」
「どうやってだよ」


そう言って微笑んだ瞬間。背後から俄かにやってきたつむじ風で、デイダラの周りで一斉に花びらが舞う。地面に落ちていたもの、葉の間で咲いていたものも、全部あわせてしまって。軽くすばやい春の風は花びらと金の髪をさっと持ち上げ、少し先を歩きかけていたトビをもあっという間にすり抜けていった。まだ足元では名残の花びらがひらひらしている。


「…今なんかやりました?」
「いや、全くの偶然」
「ですよね」


偶然にしてはあまりにも出来すぎていた一瞬の出来事に、思わず神妙な面持ちで向かい合う二人。当の本人が一番驚いた顔をしているので、本当に偶然なのだろう。髪に絡まる花びらを取ってやって、その中にきれいなままの花を見つけたトビが短い軸を指先でくるくる回している。


「先輩んちの近くのパン屋さん、桜あんぱんおいてましたよね」
「そんなんあったか?」
「ありましたよ~あれ、まだ売ってるかな」
「なんでまたいきなり」
「桜っていい匂いするんだなと思って。変わり種ってあんまりなんですけど、たまには」
「案外すぐ安全牌切るもんなお前」
「…性分ですかね」


見た目で冒険しすぎな分いいんじゃねえの、と茶化す声を笑って短い並木道をぬければ辺りはありふれた住宅街。同じように街灯はずっと並んでいるのに視界はどこかくすんでみえる。思わず振り返って確認するほどに。


「来年は間に合うといいな、見頃」
「今から予約しといていいですか」
「なにを」
「先輩とのお花見の予定」
「お、自販機。トビ、さっきの賭けの分」
「きいてます?」


自販機の前に立ってなんでも桜風味にすりゃあいいってもんでもないよな、と言うデイダラに先輩それペットボトルですけど、と追いついたトビがポケットの小銭を取り出しながらも言う。


「けちけちすんなよ」
「30円の差は大きいです」
「一口やるから」
「まずかったからってもう一本ってのは無しですよ」
「どうせなら賭けにでるね、オイラは」
「先輩今日ずいぶん皮肉屋さんですね…」


吹き抜けた風とは違いペットボトルのキャップを開けた先から香ってきたのは予想通りの人工的な香りだったが、これはこれで。中身を半分ほど飲んでからデイダラはそれをトビに手渡す。


「ほらいわんこっちゃない」
「まずくはねえぜ?」
「うまくもないですけど…」
「桜あんぱんもあやしいんじゃねえの」
「あれは大丈夫ですよきっと。桜の塩漬けから店でつくってるって言ってたし」
「ずいぶん詳しいな」
「何回か行ってますもん」
「へえ、行ったことねえや」
「先輩の御用達はコンビニですもんね」
「ポイントシールとっててやってんの誰だよ」
「…いつもありがとうございます」


ちらりともう一度。遠ざかって風にゆれる並木は気のせいだろうが先程よりも青々として見える。今日を区切りにして、次気にかけた時にはもうきっと緑一色になっているのだろう。その次に落葉。そのまた次は。そんなトビの胸中を知ってか知らずか一年なんてすぐ来るよ、と隣でデイダラは言った。





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ザ・一般人
桜もパン屋もあるけれど忍も禁術もないんだよ
葉桜でもなんでもそうやってふたりで見ながら歩いてりゃそれもうお花見な

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アマレット(鳶泥)

《※現代風味》



昔、近所に住んでいた妹分をあやしたことを思いだした。どこにもいかないで、なんてちいさな子どもが言うには可愛いげもあろうものの。胸元に縋る筋張った手は明らかに大人のそれで、服をつかむ指もかわいくもなんともない。のびるからやめろ、と窘めたのは何年前の話だったか。まさか今頃、それも年上の男に向かって同じセリフを吐く羽目になるとは。さらに聞き分けの悪さは子ども以上ときたもんだ。いやですじゃねえだろ。まるで意味が分からない。揉めたわけでもなければ帰ろうとしたわけでもない。ただいつものように他愛ない話をしていただけだ。昔住んでいた町、口うるさいジジイ、近所の妹分や弟分。全部もう過ぎた思い出話。めずらしく聞き手に徹していたと思ったらこれだ。こいつがあまり昔の話をしたがらないのは知っていたが、知っているからこそ、そこはよく知らない。
硬直状態を数分間。指先以外も動かせることを忘れてしまったのかと思っていたら、ぼそりと動いた口から声がこぼれた。普段めったに名前でなんて呼ばないくせして。デイダラさん、と馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返すそれがあまりに頼りないものだから、もてあましていた両手で胸の前にある頭を抱き込んでやった。消え入りそうな声に頷いてあやすような心持ちで触れた手に、ようやく服をつかんでいた指はほどかれそろりと背中にまわる。不気味なほど静かな部屋で、どちらともなく床に沈む。どうかしている。どちらが、なんてことは知らない。


「…すいませんでした」
「泣き疲れて寝るとか、お前本当…ガキじゃねえんだからよ」
「泣いてませんよ!」
「便利なもんだなぁ~その面」
「泣いてない、ですけど、なんかその、安心したというか…」
「どっちにしろガキと一緒だな、うん」
「…返す言葉もないです」


なにもなかった。あるわけがない。万が一あるにしても、こんな状態で何も聞かずに受け入れてやるほどこっちもお人好しじゃない。ただ、直に床の上で一晩越してしまったものだからあちこち痛んでしかたがない。だから絨毯ぐらい買えって言っただろうが。抱き竦められていた腕がほどけず、一発蹴りを入れてたたき起こしたのがついさっき。なんでそんな体勢で熟睡できる。繊細なのか図太いのかはっきりしろ。
言いたいことは山ほどあったが、時計を見て一旦全部飲み込んだ。今日の講義は休むわけにはいかない。帰るんですか、の声に行くんだよ、と返して着の身着のままドアノブをひねる。単位落としたらお前のせいだ。捨てゼリフと一緒に飛び出した。


「後でおぼえとけ」


終業を告げるチャイムが鳴る。
なんとか出席日数を確保し、移動しようと席を立ちかけると妙な話が耳に入ってきた。いやな予感しかしない。得てして、こういう時の勘はよく当たるもんだ。外れてほしいと思いながら、事の詳細を隣の席の奴に尋ねる。とにかく中庭に行ってみろとのことらしい。幸か不幸かそれはこの棟の裏。廊下の窓から外を覗くと、遠目にも目立つ色をした見知った仮面の男が見知らぬ人間と談笑している。他にいるわけがない。というか何人もいてたまるか、こんな奴。


「あ、せんぱい」


じゃないだろう。知り合い?先輩?何科?でもない。ちょっと外野は黙れ。こっちが聞きたいのはただひとつだ。


「なんでいんだよオイ」
「今朝定期入れ忘れてったでしょ」
「わざわざ持ってこなくてもいいだろ…」
「だってもったいないじゃないッスか!塵も積もれば、ですよ?先輩すぐ金欠だなんだって言うんだから」
「お前はオレの保護者か!」


昨日とは逆だな、と皮肉ろうとして思いとどまったのは正解だ。周りがざわついている。ショートコントじゃねえよ。謎のお面野郎がいて、それと知り合いってだけでも十分注目の的なのにこれ以上話題を提供してやる必要はない。今朝の言いたいことも消化しきれていないというのに、聞くべきことが追い討ちをかけてやってくる。少しでいい。休めるだけの時間をくれ。だがまずは目の前の事態を収拾させるのが先決。有無を言わせず黒い手袋をはめた手首をひっつかむ。毎日粘土こねてる人間の握力なめんな。軽い人だかりを抜けて人気のない棟へ辿り着くと、壁にもたれかかってもう一度同じことを尋ねた。なんでいるんだ、と。


「先輩の今を見に、なんちゃって」
「部外者は立ち入り禁止だろ」
「守衛さんにあいさつしたら普通に入れてくれましたけど」


流石変人の坩堝。確かにここではその面も妙に馴染んでいる気がする。実際先程も奇異の目というよりかはむしろ、好奇心丸出しの人間がほとんどだったように思う。仮面と先輩呼びのせいで年齢不詳に見えるが、大概いい歳なのだと伝えてやりたい。まあ、正確に知っているわけじゃないけれど。我ながらなんでこんな奴と関わりをもっているのか疑問でならない。何も知らない。自分だって例に漏れずまともではない。


「で、本当のところは?」
「昨日は本当に大人げなかったなと思いまして…」
「自覚はあったんだな、うん。あのままオイラが姿を見せなくなるとでも?」
「あ、そこは心配してなかったです。先輩言いましたよね、後でおぼえとけって」


だから、じゃない。どんな前向きな発想だ。とはいえ昨日とは打って変わったいつもの調子に少し不服ながらも安心して、このままとっとと帰してしまおうと口火を切りかけた時。意外な方向から先手を打たれた。息を吸う音がする。


「昔ね、大切なひとが急にいなくなっちゃったことがあって」
「誰かの思い出話とか聞くのは大丈夫なんですよ?なんですけど、」
「なんでですかね。昨日は少しだけ、こわくなっちゃって」


少し距離を詰めて、見慣れたオレンジをノックするみたいに軽くこづいてやる。こつ、と中身にあたる音がした。


「ひでぇ顔」
「…見えないでしょ?」
「こちとら泣いてんのもわかるんだぜ」
「だから泣いてませんってば!」
「なんの意地だよ、それ」


あれだけ情けない姿みせといて今更。そう言って笑ってやったらいつもの顔に戻った。始業を知らせるチャイムが鳴る。


「ちゃんと帰れよ」
「わかってますって」
「あと帰り寄るから」
「…はいっ!」


歯切れのよい返事の後でひらひら手を振っていった背中を見送りながら思い出した。定期入れの礼を言うのを忘れた。そこはまあ、帰り道コンビニにでも寄っていけばいい。甘いものでよろこぶことぐらいは知っているのだ。
日も高くなりだした頃合、鳴り終えたチャイムの余韻の中ひとまず作業棟へと足を向かわせる。遅刻のペナルティは三回目から。問題なんてない。





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おいていかれるのがこわい後輩はだめさ3割増(※当社比)
寛大すぎる先輩にトビデイ…トビ…?ってなるのはいつものこと(※トビデイ)

場所柄不審者扱いされないお面が書きたかったんですが相変わらず設定はふんわりしてます 先輩は美大か専門生

アーモンドリキュールの名前だとばかり思っていたアマレットにイタリア語で「すこし苦いもの」「友達以上恋人未満」という意味もあると知ってうおおおとなった奴がこちらです 

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このままぼくらは(鳶泥)

《※現代風味》



旅に出たいと言ったのは先輩の方だった。理由は曰わく単純明快なもので、芸術家は常に刺激を求めていないと感情が鈍るからだとかなんとか。ボクからすれば十分に複雑怪奇ですけど。別に誰とどこに行きたいだの、そういう話ではないのだろう。この人は一人でだってどこへでも行くし、きっと連れ立つ同志だっているのだ。それならば。鈍行の電車にがたごとゆられることも、遠いとも近いとも言えない時間をかけて向かう先も勝手に決めて、軽く連れ出してみた。


「で、なんで冬場に海なんだよ」
「だめですか?ボク結構好きなんですけどね~静かだし」


夏場は賑わっていただろう海水浴場も、今は誰もいないし何もない。天候だって一面の曇り空。真っ白い空は雪こそ降ってはいないものの、色に違わずつめたく寒い。時折吹きつける風と一定で緩やかな波、どちらのほうがつめたいのだろうか。雪よりは白くない白い砂で、そう歩いたわけでもないのにブーツは真っ白。無意味とわかっていながら一度それをはたく。今度は手袋が白に。上からも下からも白に挟まれて、まるで自分が異質のものみたいに思えてくる。なんて。もうひとつ砂浜に続く足跡の先に目をやれば、何もお構いなしに波打ち際に立つ姿。遙か先のどこかを見つめる目はこの海のように青い。と言いたいところだけれど、あいにくここの海はそんなにきれいじゃない。海が青く見えるのは太陽の反射と空の青さも関係していると聞いたことがある。この天候じゃ尚更。
声をかけたところで今は応えてくれそうにない背中を横目に、自分の些細な疑問を試してみることにした。砂浜に傾いて倒れるブーツ。素足で触れた波打ち際は想像よりも平気だった。それともあまりの冷たさに感覚が麻痺でもしたのだろうか。なんだか腑に落ちなかったのでそのまま足を進めてみる。脛のあたりまで海水に浸かったところでトビ、と名前を呼ばれた。示し合わせたかのようにそのタイミングで勢いのいい波が跳ねる。少し服をやられた。


「ダッセェ」
「先輩がいきなり声かけるから」
「ほっといてもそのまま進んで濡れてただろうけどな、うん」
「思ったよりつめたくなかったもんで」
「そうか?」
「先輩も入ってみたらどうです?」
「そりゃいいけどよ、お前拭くもん持ってんの」
「…向こうで砂払ってきます」


濡れたままの足で砂を踏む。コンクリートで舗装された防波堤まではそう遠くなかったけれども案の定、足は十二分に砂まみれ。貝殻を踏まなくてよかった。あれは踏むとなかなか痛い。砂を落としてブーツを履き直すと側にあった自販機の、あまり買わないココアのボタンを一回押した。こちらに向かって歩いてきていた先輩に手渡す。靴はちゃんと履いていた。


「お前は?」
「ボクは大丈夫です」
「ふーん。じゃあこれやるよ」


手渡されたのは小さな飴の包みがひとつ。この人にこういうものを持ち歩く習慣はないので、大方もらいものかなにかが出てきたのだろう。ツートンカラーのそれに文字はなく、何の気なしにそのまま開けて口に入れる。ミント味。不意をつかれて思わず声が出た。別に苦手ではないのだけれども。隣で缶に口をつけながら、先輩が訝しげな視線を送ってくる。


「なんだよいきなり…」
「いや、甘いと思って食べたからちょっとびっくりして」
「文句言うんだったら返せ」
「やです。先輩からもらったんだし食べます」
「…あっそ」
「あ、でもほら、」


ココアの缶は今は手元。面の下にはミントの飴玉。合わさればなんの味かといえば。


「ね、びっくりするでしょ」


近くで見る青い目はやっぱりきれいだ。


「…チョコミントは好きじゃねえ」
「そうですか?ボクは好きですけどね」
「甘いんだか辛いんだか、はっきりしねえだろ」
「どっちもたのしめるからいいんじゃないすか」
「合わせる必要はねえな…うん」
「じゃあココアひとくち」
「なんで」
「口直しにもういっかいどうかと」


缶の残りを一気に呷って逆さにしてからべ、と舌を出してこちらをみる先輩。残念、だって。それはこっちのセリフです。


「これからどうすんの」
「えーと、…特にかんがえてませんでした」


ぱちり。瞬きひとつの間。それを合図に波の音に笑い声が加わる。


「じゃあ、どっかいっちまうか」
「…どこに?」
「どこへでも」
「いつまで?」
「うーん。朝が来るまで、かね」
「あ、そこは結構具体的なんすね」
「オイラ休み明日までだし」
「期限付きの逃避行かぁ~…」
「そもそも逃げる必要なんてねえだろ」


ですよね、と笑って返したものの。先立って駅へ向かう背中を見ると、どうにも足がまごついた。後ろめたいことなど何もないはずなのに。ただ、漠然と。


「なにやってんだ、おいてくぜ」


振り返った目がとらえていたのは自分。足が動いた。単純な話だった。
改札を抜けて適当なホームに向かい、はじめに来た電車に揃って乗り込む。扉が閉まる音。ゆっくりと進み出す小さな箱。がらがらの座席に並んで座って、このまま乗ってたらどこに行くんでしょうと尋ねれば、そりゃ終点だろうと目が覚めるような答えをいただいた。この人は芸術家なのに妙な所でリアリストだ。芸術家という人種が一般的にどんな風なのかなんて知らないけれど。興味があるのはその括りではなく隣に座るデイダラという人だけなもので、別に問題なんてない。
がたごとゆれる箱の中からくるくるかわる景色を見る。見知らぬ土地のありふれた風景。これからどこで降りようが、端から見れば自分たちだってその一部。明日になればいつもの毎日。逃避行の醍醐味と対極だけれど隣り合わせにあるそういうものに、ひどく安堵している。その理由は。口に出したらまた笑われそうなので、今は黙ってゆられておくことにした。





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バレンタインも近いことだし末永く爆発系なトビデイ つづくしあわせとあてどない旅にでてほしかったのでした

「まあどこいってもその面は目立つけどな、うん」
「先輩のきれいな金髪だって目立ちますぅ~」
「オイラのは地毛だ。お前とじゃ目立つの種類がちげぇだろ」
「(そうは言うけど無理に取れとは言わないんだよなあ、この人)」

\いっしょうやってろ!!!!!/

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めぐる、めぐる(鳶泥)

《※現代風味》



等間隔に立っている街灯と街灯の間、吐いた息は明かりに照らされほんの一瞬きらきら光る。すぐに夜の空気にとけてしまうそれに儚さをなぞらえて寒い夜道でご高説を承る羽目になったのは、今年の頭頃だったか。この季節特有の感情にさいなまれながら男はまた息を吐いた。この寒さだ。さぞ赤くなってしまっているであろう鼻や頬は、橙色の面に阻まれて確認することは容易ではない。黒のコートと赤いマフラーの上のそれはこの界隈ではもはや見慣れたものとなっている。
人気の少ない住宅街を歩いていると目に入るのはカーテン越しに部屋からもれるあたたかそうな明かりだけで、ついこの間まで姿を見せていたクリスマスの飾り付けの名残など微塵も感じられない。切り替えが早いというか、なんというか。そんなに急いで新しい年に向かうことなんてないのに。呟く男は口振りとは裏腹に足早に町を行く。腕に提げたビニール袋が風に吹かれてかさかさ音を立てている。風をしのぐように小走りで駆け込んだ目の前のマンションこそが、目的地だったらしい。


「お届けものでーす」
「間に合ってます」
「あっ、ちょっと先輩!」


ドアを挟んで使い古された定型のやり取り。半開きの隙間に提げていた袋の中身を見せれば、入れよの言葉と共に一人分の入口が開かれる。まるで怪しげな取引の現場だが、中身はみかんだ。


「近所の人にたくさんいただいちゃって」
「お前んちにおいたままでもどうせオイラも食うのに」
「だってウチこたつないんですもん」


みかん食べるならこたつでしょ、と言いながらワンルームに鎮座する冬の風物詩の上に袋を置く。上着や手袋、防寒具を全て外して手を洗いには行くくせに一番違和感のある面だけはそのままでこたつにもぐりこんだトビを、斜めに座ったデイダラは訝しげにじっと見つめてみたが背中を丸めてくつろぎだしたのであきらめて袋の中のみかんに手を伸ばした。


「はあ~やっぱりこたつはいいッスね~」
「そんなに言うなら自分ちに買えよな」
「ボクの部屋狭いの知ってるでしょ」
「あんま変わんねえだろうが。暖とりたいだけならよそ行け、よそ」
「…そうじゃないです」
「知ってるよバーカ」


手近にあったみかんを同じ色に向かって投げつける。100点。短い悲鳴と共にこたつ布団の上に転んだそれを拾い上げて皮をむきだしたトビを後目にデイダラは時計を見た。あと数分で今年も終わる。


「ボク豆電球の明かりってあんまり好きじゃないんですよ」
「うん?」
「寝室とかについてるあれです」
「…ああ、オレンジ色の」
「なんだか怖くないですか、トンネルの中みたいで」
「そんな色の面つけてるくせに」
「オレンジ色は相手の緊張をやわらげて、陽気さや親しみを感じさせる色なんですよ~」
「何色だろうが渦巻いた怪しい面つけた奴を警戒しない奴はいねえよ、うん」
「先輩は警戒しました?」
「どうだったかね。つうかその効果通りならなんでお前は豆電球を怖がんだって話だよ」
「…、だから先輩今日は一緒に寝てくだ」
「もっぺんぶつけられたいか」
「まだあるんでいいです」


トビの手元のきれいにむかれたみかんは、一房ずつ同じ色をした面の下へと吸い込まれていく。いちいち面をずらしてものを食べるのは面倒ではないか。デイダラは常々そう思っているのだが、他言はしないようにしている。聞いたところで返ってくる答えは毎度はっきりしたものではなかったし、人にはそれぞれ事情があるのだ。にしても、通常では考えがたい仮面をつけての生活を受け入れているデイダラも相当懐が深い。もしくは、負けず劣らず変わっている。


「今年も終わるな」
「ですね」
「実感ねえけど」
「ボク、クラッカーとかもってきちゃったりして」
「…なにすんの」
「鳴らすんですよ!カウントダウン!」


みかんと一緒に入れられていた小さなビニール袋には、少し大きめのパーティークラッカーがふたつ。鼻歌まじりに封を開けひとつをデイダラに、もうひとつを自分で持ったトビが時計を見る。秒針が進むのをこんなにも真剣に眺めるのは一年のうちでもこの数秒間ぐらいだろう。3、2、1、小気味よい音と色とりどりのセロファンでできたカラーテープがきらきら宙を舞って、新年を祝う言葉と共に降ってくる。


「チャチな爆発」
「100均のクラッカーですからその辺は…それにあんまり派手だと危ないでしょ、夜も遅いことだしお隣さんに怒られちゃいますよ」
「景気よく鳴らすためのもんなんだし、どうせならこの一瞬にもっとインパクトのある爆発音と仕掛けを…」
「せんぱい聞いてます?」


クラッカーとつながったセロファンをくるくると巻き取りながらトビが投げた言葉はクラッカーの中身よろしく降って落ちた。後片付けは楽なようにできている。時折何か呟きながらまだ考えこんでいる様子のデイダラの顔を覗き込んで新年早々物騒ッスよ、と言えば青い目がそちらをちらりと見やって一言。


「新年もなにも、年越したからって今すぐ何か変わるわけでもねえだろ。代わり映えしないツラも目の前にあるし」


折角まとめたセロファンがまた散らばった。気にする様子もなく、思考に区切りがついたのかデイダラは先程まで渦中にあった手元のクラッカーとトビの前の散らばったそれとを適当にまとめてビニール袋に入れる。クラッカーは末路を辿るのが早い。こたつ布団をひっぱり上げ肩の辺りまですっぽりと収まったデイダラを見て、ようやく我に返ったらしいトビが仕切り直しとばかりに口を開いた。


「ね、今から初詣行きましょうよ」
「やだよ寒ぃ」
「なに言ってんすか若いのに!」
「そういうこと言うの年食った証拠だぜ」
「先輩ったらなんてことを…ボクだって若いですもん!まだ!」
「年齢不詳が随分大きな口叩きやがるな」
「あーもうっ細かいことはいいじゃないですか!出店でなんかおごってあげますから、ね?」


たこ焼き、りんご飴、ベビーカステラ。三つばかり思い浮かべたところで、こたつと一体化寸前だったデイダラは立ち上がって上着に手をかけた。豆電球のように光りはしない橙色の面がぱあっと明るくなったように見えたのは気のせいではないだろう。さて、単純なのはどちらか。


「おみくじはひくでしょ…あ、先輩お守りとかって買います?」
「あんまり」
「えぇ~ほら例えば恋愛成就とか」
「へぇ、相手なんかいんだなお前」
「ヤダ先輩ったら!ボクの口から言わせるつもりですかぁ?」
「あと2秒で靴履かねえと先行くからな」
「あっちょっと待ってくださいよ!あと10…5秒でいいんで!」


ブーツの靴紐にもたもたしている間に数秒なんてすぐ過ぎる。ドアを開けると数歩先から面をめがけてカギが飛んできた。戸締まり、とだけ言って歩き出してしまったデイダラを急いで役目を果たし追いかける。何メートルも離れていない距離を走って追いつき、掴んだ手のひらにカギを手渡す。隣に並んでいつものように歩き出す。デイダラさん、といつもは呼ばない名前で呼べば青い目は不思議そうに隣を見た。


「ことしも、よろしくおねがいします、ね」


ふりしぼったような、ごくあたりまえの新年の決まり文句。それが数年ぶりに誰かに向けて口にされたことなど短く返事をしたデイダラは知る由もないが、トビにとっては重大な変化なのだ。
吐いた息がきらきら光る一瞬をきれいだと言えば、またいつかと同じようにデイダラが弁をふるう。はじまったばかりの新年に、去年のいつかに思いを馳せながら最寄りの神社まで。変わらないふたつの白い息が新しい夜にとける、午前一時前。





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なにやら昔いろいろあったらしいトビと、その部分には気長な対応のデイダラさん ここでは時間はあるからね
なんやかんやで一緒に過ごしてる現代パラレルな世界のふたりのちょっと早めの年越し話でした かわらないがかわるはじまり
とにもかくにも、こたつとみかんは正義!


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